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2008年7月は「フラッシュメモリーシリーズ」です。
F田さんが行きつけのお店のママさんに語る若き日の恋物語。
時系列に語られていくいくつかのエピソードに、
F田さんと彼女N子の印象的なシーンが
フラッシュメモリーとして挟み込まれていきます。
本日7月1日より隔日でアップします。
7月31日までの16話連載です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ママさん : 昔は女の子たくさん泣かしたんでしょ?

F田さん : 全くないんだよ、そういう経験が。

ママさん : 誰も信じませんよ、そんなこと言ったって。
       聞きたいな。若い頃の話。

F田さん : それじゃ、僕が泣かされた話でもしようか。

ママさん : イェイイェイ! それじゃ景気づけに、ハイッ!
       アタシのおごりよ。

F田さん : ああ、悪いすね。

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F田さん : ひと目見たときに僕は恋に落ちました。

       その頃僕は、
       “お嫁さんにしたい人No.1”の新進女優に憧れていました。
       その方、今でもかなり綺麗な方ですが、
       当時は20代半ば。
       華もあり、潤いもあり、香りも立ち上るようでした。
       こんな人と結婚できたらいいなと思っていました。

       そんな人と瓜二つの女性が新入社員として入ってきたのです。
       しかも、僕の部署に。
       入社4年目を迎える僕は、すでに部内の中堅として、
       部下の教育係を任されていました。

       電話の受け方と取り次ぎ方、
       書類の書き方と提出の仕方、
       名刺の出し方と受け取り方、
       挨拶の言葉とお辞儀の角度…。

       これまで3年も社会人をやってきた僕にとっては
       そのどれも、特別なことではありません。
       でも初めて社会人になった彼女にとっては、
       それらすべてをそつなくこなせる先輩社員が
       実際以上にかっこよく素敵に見えたことでしょう。
       この僕に“あこがれ”の気持ちを持つようになったのも、
       ごく自然の成り行きでした。

       [つづく]

       【彼女を映すフラッシュメモリー】
       口移しで飲ませようとしたビールが彼女の気管支に入り、
       呼吸困難に陥ったことがありました。



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ママさん : やっぱりモテたんだね。

F田さん : そうでもないよ。

ママさん : 新入社員の子は、美人だったんだろうなぁ。

F田さん : それはもう、かなりのもんでした。

ママさん : アタシに向かってよく言うね。

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F田さん : 彼女が僕に好意を寄せ始めていることを
       僕は敏感に感じていました。
       企画開発部という部署は、
       今後の新しい主力商品を見つけるのが仕事です。
       ですから、毎日の決まったルーティーンというものはありません。
       「気楽でいいね」ってよく言われますが、
       どっこい、気楽に感じることなんて一度もありません。
       新しい発案をいつでも出せるように
       常日頃から準備しておく必要がありますので、
       ストレスは絶えることがありません。

       さて、ゴールデンウィークも間近に迫ったある日、
       当時何かと懇意にしてくれていた女流作家の先生を
       取材にいくことになりました。
       新人教育の一環として、彼女を連れて行くようにとの指示でした。
       翌日の午後2時のアポが取れました。
       途中でお昼を食べて行くので会社は11時に出ることにしました。
       その日の帰り際、「明日お弁当よろしくね」と彼女に声をかけました。
       彼女が本気にしなくてもいいような明るい口調で言ったつもりです。

       [つづく]

       【彼女にまつわるエピソード】
       唇が重なっているときにホッペタをつつくと、
       うごめくものが恐る恐る入ってきました。 



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ママさん : 彼女、スレンダーな感じだったの?

F田さん : どっちかというと“ふっくら系”でしたよ。

ママさん : ほら、聞いた!? ミサキちゃん。女はやっぱり“ぜい肉”だって。

F田さん : そうは言ってないし…。

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F田さん : 昨日地図で確かめたところによると、
       中央霊園をぐっと迂回したところにその作家の自宅はあるはずです。
       駅から中央霊園を突き抜けていくのが近道のようでした。

       駅前には商店街と呼べるほどのものはなく、
       お昼を食べるのに手ごろな店もなさそうでした。
       すると、
       「F田さん、ホントに持ってきちゃったんですけど」
       「え? あ、ホントに?」
       彼女が抱えているカバンは、
       とてもお弁当が入るような大きさには見えなかったので、
       まさか、という思いでした。
       「やったー! それじゃ中央霊園の中でピクニックしよう」

       緑いっぱいの中央霊園の中を、僕らは少し汗ばみながら歩きました。
       彼女とは会話が途切れることはありませんでした。
       お互いに無理をしなくても、その場にふさわしい言葉が
       自然にわき上がってくるような、そんな素敵な感覚でした。
       前世から縁があるのかも…などと思ってしまいました。

       [つづく]

       【彼女を映すフラッシュメモリー】
       指と指の間を優しくもんでいるうちに、
       彼女の呼吸が糸を引き始めました。



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ママさん : いっしょにいて苦痛な人とすごくラクな人といるじゃない?
       で、それが人によって感じ方が違うの。

F田さん : ああ、僕にとってBさんは苦手なんだけど、
       ママさんにとってはBさんは一緒にいてラクな人だったり…。
       あれってどういうワケですかね?

ママさん : 前世からの縁だと思うのよね、アタシは。

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F田さん : きちんと作られたお弁当でした。
       おかずの量も品数も、
       相当本気で作らないとこうはならないとわかるものでした。

       涼しげな木陰を選んで座ったつもりでしたが、
       4月下旬の日差しはあたりの空気を丸ごと熱風に変えて
       意地悪く僕らの方に送り込んできます。
       彼女は社用封筒で頬に風をおこしていました。
       掻きあげたびんのあたりに玉を成す汗が、
       いやがおうにも僕の目に入ってきます。

       僕の視線に気がついた彼女は、
       最初「何?」という表情をした後すぐに悪戯っぽい笑顔に変わって、
       ハンカチを持つもう片方の手を僕の方に伸ばしてきました。
       「すごい汗」
       彼女はそのハンカチで僕の鼻の頭の汗を押さえました。
       石けんの香りがしました。

       [つづく]

       【彼女を映すフラッシュメモリー】
       唇を避けて鼻をこすり合わせるような
       焦らし作戦が効きました。



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ママさん : お弁当を作ってくるって、それ猛烈なアタックじゃない?

F田さん : そうなんすかね。
       彼女ギラギラした感じはまったくない人なんですよ。

ママさん : きっとその日の朝5時ぐらいに起きて作ったのよ。
       F田さんに何とか気に入ってもらおうと思って。

F田さん : そうすかね。ま、かなり美味かったですよ。

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F田さん : 女流作家先生の家はすぐに見つかりました。
       玄関で名刺を出そうとすると、
       「今日は暑いから、まずは中にお上がり」
       と明るく言われてしまい、
       手にした名刺を一旦名刺入れに戻しました。

       僕らを応接に通したあと、
       作家先生はまた奥へと引っ込みました。
       ちゃんと挨拶も済んでいないので、
       僕らはソファに沈み込むワケにもいかず、
       お土産の饅頭の箱を抱えたまま、ボーっと突っ立っていました。
       やがて戻ってきた作家先生が持ってきたおぼんの上には、
       冷たい麦茶と庭の畑でとれたというイチゴが乗っていました。
       「もう、座ってればいいのに(笑)」

       やっと名刺を出して挨拶ができた僕は、
       隣の彼女が何やらもぞもぞやっているのに
       このときはじめて気がつきました。
       「ごめんなさい。名刺を忘れてしまって…」
       (えっ? ウソだろ?)
       「あっ、先生すいません。あのウチの新入社員でございまして・・・」
       (ヤバイ! この子の上の名前、“山…”何だっけ?)
       頭が真っ白になってしまった僕は、
       こともあろうに彼女の苗字をド忘れしてしまったのでした!

       [つづく]

       【彼女を映すフラッシュメモリー】
       “二人だけの残業”は月に4〜5回ありました。



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