A : ゴールデンウィーク。快晴。微風。

B : まさに今日じゃないですか。

A : 念のために羽織ってきたブルゾンの
   ポケットから出てきた1万円札。

B : 今日のプレイ費の足しになりましたね。

A : 美人のキャディさん。

B : 同感です。

A : ティーショット。フェアウェイのど真ん中。

B : キャディさんとハイタッチしてきたらどうですか。

A : ボールに近づく。ライもいい。

B : 最高のポジションでも、
   ディボットに入ってたらヘコみますからねぇ。

A : グリーンまで132ヤード。

B : 得意の8番アイアンですね。

A : 構えたところにやってきたアゲハ蝶。

B : ちょっと水をさされましたね。

A : やりすごそうと、スタンスを外す。

B : 気合い、入れ直しですね。

A : ボールの上に止まったアゲハ蝶。

B : 邪魔ですね。追い払いましょうか。

A : いいんだよ。好きにさせてあげよう。

B : 早く飛んで行かないかなぁ。

A : 羽をゆっくり開閉しているアゲハ蝶。

B : ほらほらどっか行ってよぉ。

A : それでも待つ私。

B : 後ろがつかえてきたし…。

A : ボールを離れ、
   私のまわりをひと回りして飛んでいったアゲハ蝶。

B : やっと飛んでいきましたね。よかったよかった。

A : 力強い弾道。ピンの根元にワンバウンド。
   ツーバウンド目にややタメがあった後、
   高速バックスピンでピン方向へ一直線。
   前の組のうら若い女性客がグリーンを振り返る。
   その目にしっかと捕らえられた、
   カップに吸い込まれる黄金のボール。
   歓声。拍手。
   右手をあげてそれに答える。
   カップの中からボールをとり上げ、
   ややためらった後、キス。
   まだ注がれる熱い視線。
   フワリと柔らかな弧を描くボール。
   我先にとボールに群がるギャラリー。

B : 部長。いいかげんにしてください。


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A : 満員電車っていう想定だね?

B : 朝のラッシュアワーです。

A : 私は、私が座るのが当然というポジションにいるわけだね?

B : まわりの人も部長に遠慮してます。

A : 次の駅まではすぐなのかね?

B : 東急大井町線ですから、
   ものの1分で降りなきゃいけません。

A : ドアのそばには行けそうかね?

B : ギューギュー詰めですから、ちょっと無理でしょう。

A : やっぱり座るべきかね?

B : そこをお考えいただくワケでして…。

A : 座れるかな? 私にはちょっと狭すぎる気がするが…。

B : 降りたのは若い女性の方でしたから。

A : 何でその人は降りたんだろね?

B : 毎朝降りている駅だからではないですか?

A : いい迷惑だね。

B : 早くしないと周りがイライラし始めてますよ。

A : 奇声でも上げてみようか?

B : あ、それはおやめになった方が…。

A : キエー!とか何とか。

B : 確かに周りのイライラはなくなりますね。

A : だろ?

B : …や、やりますか?

A : 前の空席に向かってやってみる。

B : 席は広がるでしょうね。部長が座れるくらいに。

A : 声を出すときは、手はどうすべきかね?

B : は?

A : 片手はつり革で、もう一方の手は…。

B : ポケットにでも入れておけばよろしいんじゃないですか?

A : 両手をバンザイして、声にシンクロさせて
   手のひらを震わせるというのはどうかね?

B : 最高です。

A : できるだけ目を見開いて。

B : 瞬きはなさらないように。

A : じゃやるぞ!

B : あっ、もう駅に着きました。


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A : あ、こんなところに本屋さんがあったのね。
   へぇ? 文庫本の専門店? おもしろいわね。
   …うーん。でも、よく見かける表紙ばっかりね…。
   ちょっと店員さん。

B : はい、何かお探しですか?

A : 店員さんのお薦めはどれ?

B : 当店ではポップを立ててご参考いただいております。

A : ああ、ポップね。
   今まで注意して見たことなかったけど…。
   何々? 「店長も腰を抜かした驚きのラストシーン」
   ふーん? 「犯人はミサキの後ろの席の…」
   これネタバレじゃない?

B : 申し訳ございません。ちょっとやりすぎました。

A : 新刊はどの辺に置いてるの?

B : 入り口正面です。

A : 表紙のセンスって大事よね。
   いい色合いだったり、
   デザインがオシャレだったりすると、
   まずそこに目が留まるわね。

B : あっ、今なぜその本を手にとられましたか?

A : 何でついてくるの?
   私が美しいから? ふふっ。
   教えてあげる。
   『お前の頭はイモか?カボチャか?』というタイトルよ。

B : あ、中を開けずに裏面に行きましたね。

A : 私のこと、そんなに気になる?
   いいわよ、いつまでも観察してて。
   やっぱり文庫本はあらすじを見るでしょ、この裏面の。
   …おもしろそうね。

B : やっとページをめくりましたね。
   めくるというより、パラパラと…。
   読んでるワケではなさそうですね。
   それにはどんな意味が…?

A : 意味って…。何となくよ。

B : 何を見てらっしゃるのかと…。

A : 雰囲気よ雰囲気。文字の大きさとか、行間とか。
   あんまり文字がぎっしり詰まっていると辛いでしょ?

B : 適度な空間が必要ということですか。

A : そりゃそうよ。1つの段落が長すぎるのはダメ。
   会話がたくさん入っていること。
   そして、多くても3行ぐらいでどんどん改行してなきゃ。

B : そうすると、紙面がずいぶん白っぽくなりますよね。

A : そうかもしれないわね。
   あと、字が小さい本はまず買わない。
   別に目が悪いわけじゃないのよ。
   プレッシャーの問題。
   本を読むときぐらいストレス感じたくないでしょ。

B : 理想のタイプは?

A : 店員さん、ヤダ。仕事中にナンパ?

B : イエ、あの、ここに並んでいる本の中では、
   どのあたりが理想的な紙面なのかなと…、すみません。

A : あ、なんだ。
   店員さん、チャンスだったかもよ。もう遅いけど。
   …このへんかしらね。

B : なるほど、わかりました。
   39字×18行のタイプですね。

A : それから厚すぎるのもダメ。

B : どの程度が限度ですか?

A : …うーん、これぐらいかな。

B : 300ページぐらいですね。
   600ページの本1冊と300ページの本2冊だったら、
   どっちを買いますか?

A : 300ページ2冊じゃない?

B : それだと960円ぐらいになりますよ。
   600ページ1冊なら800円程度でいけますけど。

A : うーん、それはどっちでもいいんだけど…。
   でも…、同じタイトルで「上巻」「下巻」に分かれるんだったら、
   1冊が300ページでも買わない。

B : そりゃまたなぜ?

A : 「上巻」を買っておもしろくなかったら、
   きっと「下巻」は買わないと思うし、
   でも「下巻」を読まなかったら、
   ストーリーが中途半端に残ってしまって
   満たされないモヤモヤした気持ちを
   いつまでも引きずると思うから。

B : でも「上巻」はおもしろいかもしれませんよ。

A : 私そんなに早く読めないのよ。
   「上巻」「下巻」通して読んだら、1か月かかっちゃいそう。
   「下巻」の終わりごろには、「上巻」のはじめのあたりが
   どんなだったか、もう忘れてると思うの。
   それにそんなに長いお話なら、
   登場人物もいっぱい出てくるはずよね。
   覚えられないの、登場人物が4人以上だと。
   私よく言われるのよね、母に。
   「あんたは風邪を引かない子だね」って。
   バカは風邪もよけて通るってことらしいわ。

B : わかりました。
   お客様には、この本がお勧めですよ。

A : どれ?

B : 『お前の頭は…』ですよ。
   さっきお客様がお手にお取りになった。


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A : いい感じで泳いでいるときに限ってやるんだよ。

B : 部長でもそんなことあるんですか?

A : 息継ぎは3カキに1回と決めてるからね、
   1回吸えなかったら無呼吸で6カキすることになるから、
   ムチャクチャパニクるね。

B : 気管支に入ったら苦しいでしょ?
   咳き込んだりしないんですか?

A : したいさ。でも吸う直前に息をかなり吐き出しちゃってるから、
   次の息継ぎまでできるだけ肺の中の空気を温存しときたいワケ。

B : “次の息継ぎ”ってほんの2〜3秒後の話でしょうけど、
   持ちます? イヤ持つかどうかっていうより、
   気管支の中の水を早く何とかしないと…。

A : そこを我慢デキるかどうかがポイント。
   どんなに苦しくても、手の回転を早めたり、
   次の息継ぎで上体をのけぞらせるようなことをしてはいけない。

B : 息継ぎで上体がのけぞるのはブザマですもんね。
   でもあんまり苦しかったら立てばいいじゃないですか。

A : 立つ? このオレが立つ? おまえ何もわかってないね。
   25mを13カキで行くゆったりと伸びやかなオレのフォームは、
   プールのすべてのスイマーたち、
   とくに女性スイマーの憧れの的であるのだ。
   さっき息継ぎをし損なったことは、
   何があってもバレてはいけないのだ。
   プールの監視員をしているどこぞの大学の水泳部のおネエちゃんも
   オレが泳ぐレーンから決して離れようとはしない。
   そりゃそうだろ。彼女らにとっては、オレは生きた教科書なのだ。
   しぶきを上げずに静かに入水する手の角度。
   水を確実にキャッチしてたぐり寄せる、絶妙な手首とひじの使い方。
   理想的なS字カーブで水を掻き込むパワフルな上腕と肩の回転。
   水の抵抗を極限まで抑えた、前傾8度を保つ水中の姿勢。
   ひと蹴りで2mは進む柔らかな2ビートキック。
   たまたまその時間に監視員をすることができた幸運を、
   オレと時間・空間を共有できた感激を、
   彼女らは一生忘れないだろう。

B : 部長。もう席に戻ってもいいですか?


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A : 何事も準備が大事だぞ。

B : 好きにやらせてよ。

A : ダメだ。父さんの言うとおりにやるんだ。
   まず、生卵を1こ。さっくりと かき混ぜる。
   そうだ。あんまりやり過ぎんな。

B : 混ぜたよ。

A : そのボールはその辺に置いとく。
   次に、塩とコショウと味の素は1か所に並べて、
   すぐ振りかけられるようにフタを開けておく。

B : いいじゃん、フタなんか使うときに開ければ。

A : ダメだダメだ。料理は時間との勝負。
   ベストタイミングをちょっとでも外したら、
   それまでの努力は水の泡なのだ。

B : ウゼーよ。

A : ニンニクをひとかけら。
   薄切りにして。

B : 手が臭くなるからヤダ。

A : おまえはニンニクのかぐわしさを何と心得る。
   サクッと包丁を入れたときのトゲのある香り。
   炒めたそれを肉と一緒にほおばったときの香ばしさ。
   そして一夜明けたあと、
   ニンニクを食った者のみに許される
   あの独特な黄金の口臭。
   父さんは、そのどれもにうっとりしてしまう。

B : バッカじゃねぇの?

A : それがわからないのは、おまえがまだ子どもだからだ。
   まあいい。とにかく薄切りにするのだ。
   よーし。切ったらまな板の隅にでもよけておこう。
   次に…。

B : まだ何か準備あんのかよ?

A : 次に、ネギを切る。みじん切りだ。
   1本まるまる使え。ネギは頭をよくする。

B : これもまな板の隅によけとく?

A : やっとわかり始めたな。
   次にベーコンもみじん切り。

B : 切ったよ。

A : 最後にごはんを茶碗に1ぱい よそおっておく。

B : はいはい。

A : よし、準備完了。
   いよいよ点火だ。
   フライパンにサラダ油をしく。

B : ニンニクから行くよ。

A : おいちょっと待った。まだ早い。
   フライパンの油をよく見ろ。
   ドロッとしてるだろ。
   ふつふつとざわめき出すまで辛抱だ。
   よし、煙が出始めた。今だ!
   ニンニクとベーコンをほおり込め!

B : あぶねぇよ、ベーコンがポンポンはねる。

A : フライパンにフタをしろ!

B : そんな準備してなかっただろ?
   どこにあんのさフタなんて。

A : 火を少し小さくしろ!

B : オレは今フタを探してんだ。
   父さんがやれよ。

A : よし、そろそろいいだろ。
   ニンニクとベーコンを小皿に移す。
   火は消すな。
   フライパンの油もそのままだ。
   とき卵を入れる。
   かき回すな。じっと見てろ。

   卵の周囲が盛り上がって、
   真ん中に卵の池ができただろ?
   池が半分消えた頃合いに、それ! ごはんだ。
   ここからは時間との勝負。

(著者 : さあ、みなさん。ここからは声に出して読んでください)

A : お玉を使って ごはんをつぶす。
   混ぜる。つぶす。あおって混ぜる。
   空気にさらして 水気を飛ばせ。
   あおれ あおれ。ごはんをあおれ。
   回せ 回せ。ごはんを回せ。
   お待たせ、ニンニク。
   お待たせ、ベーコン。
   フライパンへ お帰りなさい。

(著者 : さあ、もっとリズミカルに、軽やかに)

A : 塩とコショウと味の素。
   さっさっさっと振りかける。それ!
   あおれ あおれ。ごはんをあおれ。
   回せ 回せ。ごはんを回せ。
   ごはんを回して 水気を飛ばせ。

   ごはんにほどよく なじんだか?
   塩とコショウと味の素。
   ごはんにしっとり なじんだか?
   黄色い卵のコーティング。よし!
   きざんだネギを投入だ。

   ほぐせ ほぐせ。白ネギほぐせ。
   あおれ あおって ごはんにからめろ。
   回せ 回せ。ごはんを回せ。
   ごはんを回して 水気を飛ばせ。

   最後にしょう油だ。香りづけ。
   ほんのちょっと 散らすだけ。

   オッケイ! みごと! よくやった!
   やっぱりお前は 父さんの
   自慢の息子だ。それでこそ!

B : …オレ、何もやってねぇよ。
   父さんって、いっつもフライパン握ると、
   自分の世界に浮かれて入って行っちゃうんだよ。


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